ebizoh氏へのレス

さてebizoh氏からのレスに対して答えていくことにしよう。といってもあまり新味がないものだったので議論に進展はない。当然私からのレスも同じことの繰り返しや、確認に留まることになる。

さて以後しばらくebizoh氏=一読者氏の常石氏でのブログでのコメントについての議論になるので改めてリンク先を示しておく。
http://tsune-3.cocolog-nifty.com/non_title/2007/03/post_e0fa.html

一連の記事に一括してレスをされたようなので、残りがあるのかどうか知らないが確認しておこう。

日本では学者が資料を調べれば調べるほど、高給取りの戦地売春婦としか思えない実態が明らかになっており、「当時の国際法に照らして違法」だったか怪しく、むしろ同時期に各国にあった戦地売春婦の中で最も厚遇されていたとさえ思えます。

結局、この問題では、正確に事実を調査して公表し、世界一待遇の良かった戦地売春婦に対してその名誉感情を尊重してウソの謝罪をしたのが間違いでしたと世界的に公表すべきだと思います。

ここの証明はないのだろうか?「世界一の待遇」とやらを早く実証して欲しいのだが。「近現代史に何の知識もないのに堂々と、歴史学の権威を騙ってコメントを書き付け」たことはお認めになったのだろうか?常石氏に謝罪しておくべきだとは思うが。

常石さんの、日本のように河野談話亜細亜女性基金では不十分で、米国のように議会の謝罪決議と政府の補償をすべきとの主張に対して、日本では韓国に対する法的責任は条約時に解決済みだから同一には論じ得ないという主張が私の元コメントです。

自分に都合のいい編集をしているのはどちらだろうか(笑)「日本では韓国に対する法的責任は条約時に解決済みだから同一には論じ得ない」というのは最後にようやく出てきた主張である。それまで彼は延々と浅薄な歴史認識を披瀝し「世界一の待遇」だの

終戦間際に日本の戦争犯罪を必死に調べ、南京事件では虐殺の被害者数を大幅に水増しすることには成功した東京裁判をはじめとする連合国の多数の戦犯法廷が、慰安婦関連では、インドネシアの白馬事件しか処罰していないのは、それ以外は処罰に値する行為だとは捉えていなかったことの証左

だの

私は、米軍の終戦間際の慰安婦に関する調査報告書も含めて、十全な調査に基き、事実を客観的に確定したら、日本は不名誉な汚名はそそがれ、むしろ従軍慰安婦をsexual slaveだと主張していた人たちが困ってしまうと思っていますよ。

などとよく知りもしないはずのことを偉そうに抜かしていたわけである。(後者に関しては私としては南京事件における「偕行社」や望月証言を発掘してしまった「百人斬り裁判」が頭にあるので、彼のような能天気なことはとてもとても言えないわけだが、いずれにせよ何に由来するのかよく分からないがよく知りもしないくせに大した自信である)。
そして

河野洋平氏のように同情から謝罪すればよかったかといえば、それこそ誤りだったと思います。

とやはり事実を無視したことを並べ立てて(河野氏が元慰安婦に同情したのはそうだろうが、河野氏が談話を正しいと思っているのもまた明らか)

仮に違法な実態があったとしても、政府や軍が主体的に関与していなかったら、それは朝鮮人が多かったという業者の責任です。

と続くわけだ。
以上のように彼の「日本では韓国に対する法的責任は条約時に解決済みだから同一には論じ得ないという主張が私の元コメント」というのはコメントを占める内容から言って正しいとは思えない。(ちなみにこの「朝鮮人が多かったという」というのは何を含意する「修飾」なのだろうか?当時の「朝鮮人」は日本人だったはずなのだが。)

最初から法的責任の問題のみに絞るのならば、その点だけ短くコメントすれば良いだけである。私もまあそれだけなら彼のコメントを見逃しただろう。だがしかしコメントの八割以上を歴史認識を問題にしておきながら言いたいことは実は最後の二行でしたというのはコメントの構成から言ってもあまりにも無理筋である。
またその後野原氏のツッコミについても

私は、21歳未満と主張する慰安婦の証言は、信用性の怪しいものしか見たことがないので、多くの歴史資料を渉猟されている事がうかがえるあなたに、ぜひ信用性のある資料をご紹介いただきたい。

などとおそらくはろくに見たこともないくせにしつこく歴史に関する議論を引っ張っているわけだ(ちなみに色々相当数見た上でのコメントだ、と参照した史料を挙げてコメントされるなら、私はいつでもこのコメントを撤回しよう)。私は「常石氏の法的責任の議論に対してコメントしただけ」というのは逃げもいいところである。

仮に違法な実態に政府や軍が主体的に関与していたら、日韓基本条約時の請求権条約で解決済みということになるのが、締約国の当時の公式解釈からは理論的な帰結です。

というのは彼の「最後の砦」だったに過ぎない。彼は一貫して「世界一良い待遇」で「元慰安婦の証言は一切信用できず」、「慰安婦制度についての非難は濡れ衣だ」→日本が責められるいわれは一切ない(責めを負うのは朝鮮人の業者だ)という歴史認識に関しての主張を並べ立てていたのだ。(ちなみに彼は元慰安婦の証言者については「真の被害者を冒涜する詐話師」とまで断じている。この実証もお願いしているのだが、どうなったのだろうか)
従って繰り返しになるが

仮に違法な実態があったとしても、政府や軍が主体的に関与していなかったら、それは朝鮮人が多かったという業者の責任です。

という主張はそれまでの歴史認識に関わる議論を受けた上でのコメントでなければならないはずである。以上から見て取れるように「最初から法的責任を負うレベルでの関与のみを主体的関与と言っていた」という強弁は、ほとんど屁理屈もいいところである。

主体的な関与があった場合に、どのような関与があれば法的責任が生じ得るかというように2段階に判断するのは歴史学では当然かもしれませんが、法的視点からは無意味な分類なのです。

法的アプローチについての理解力が低いノーモア氏ならではの誤解ですね。

などとそれにしてもよくも口に出来たものである。それまで一貫して歴史学の権威を騙って「アプローチ」をしてきたのはどこのどなただったのであろうか(笑)最初から「私は法律の議論をしていたのだ」と言いたいなら歴史学を騙ったインチキ議論を全て撤回して謝罪するがいい。ちなみに

主体的な関与があった場合に、どのような関与があれば法的責任が生じ得るかというように2段階に判断するのは歴史学では当然かもしれませんが、法的視点からは無意味な分類なのです。

というコメントはある意味興味深い。つまり彼は「よい関与説」はそもそもその存在自体無意味であると言いたいのだろうか?どのように関与したか→「よい関与」→なので日本に責任はない、というロジックは無意味であると。

もちろん繰り返すがebizoh氏が相当数の参照した史料を挙げてその上でのコメントだというならいつでも私は以上のコメントを撤回しよう。

国家補償は決議案で要求していないのは共通認識になり、その点はお終い。
その次に、私は、決議案の内容が果たして妥当なのかというノーモア氏の最重要と考える論点に関わる議論に移っているから、決議案の事実関係部分の事実誤認に言及した(ホンダ氏の真の意図も勿論気になるが)のに、私がコメントした内容が論点のすり替えと思うということは、ノーモア氏は自分が重要と考えた決議案の内容について考えるつもりは無かったのだろうか?

「その次に決議案の内容が果たして妥当なのか」などという論点に移った覚えはない。自分で

現在の議論として的を外していても、仮に決議案が可決されたら、当然問題になりえますから、将来を予測した議論としては的を外していないと思います。

と言い出したのをもう忘れたのだろうか。いや、お得意のおとぼけであろう。「将来を予測した議論をさせてくれ」と彼が泣きついてきたから私は寛容に付き合ってあげただけである。「将来の予測として的を外していない」というからにはそれが相当程度明白・かつ差し迫ったものでなければならない。そして、今のところebizoh氏はそれについての何ら説得力のある立論が出来ていないのである。

もし本心から「わずかではあるが可能性がある」で、人を扇動できると思っているのなら、これ以上この論点に関して彼を相手にするのは無駄である。そんな迂遠な議論を展開する暇があるならさっさとホンダ氏の資料検索に励まれてはいかがだろうか。

ちなみに仮に「決議案の事実関係部分の事実誤認」部分を論点にしたいのならまずその事実誤認部分がいかなる点でどのように間違っており、そしてその事実誤認が因果的に将来の国家賠償に繋がる明白かつ差し迫った危険をはらんでいることを立証してくれるなら議論に応じないでもない。時間的余裕があまりないようだが、そのような説得力のある主張なら私も是非聞きたいので、頑張って頂きたい。

ノーモア氏の知的能力を疑ったのは私のほうです。
ノーモア氏の以前のコメントと今回のコメントをあわせて読めば、2通牒の永井解釈だけで吉見氏の解釈を補充して売春婦派を論破しているという趣旨になりますが、恐らくそれだけでは不十分と思ったからこそ、永井氏は慰安所兵站施設論も出してきています。吉見氏の解釈の補充だけでは売春婦派の論破には不十分だと思ったから、兵站施設論もあわせて、慰安婦システムが性奴隷制であることを論証しようとしているのですよ。

哀しいまでに論文を読む力がない方のようである。法律がご専門とのことだが、専門分野以外に口を挟まれないほうがよろしいのではないだろうか?ちなみに「売春婦派の論破」とは具体的にどういう意味なのだろうか?「自由主義史観派」という言葉は出てくるが「売春婦派」などという言葉は論文には一度も登場しない。当該論文が「売春婦派を論破しようとしている」という箇所を引用して頂きたいのだが。

以上でほぼレスに書かれた論点は網羅しているはずである。発展的な議論になるように、有益で新味のあるコメントをお待ちしている。